おれんぢ日記

食いしん坊OLの(食べ歩き、旅行、映画、観劇、登山、健康)くだらない日常

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トルコは何故親日か(トルコの人々に感謝!)

先日トルコへ旅行に行こうかとアレコレ調べていて 以前テレビでやっていた話題を思い出した
「トルコには親日家が多い」
何故だろう?そのときテレビでは何故なのかほんとうに簡単な街頭アンケートや表面的なことを言っていただけで
ほんとにそれだけなのか?納得する理由を言っていた覚えがなく
色々調べていたら その感動の歴史が!

簡単に言うと(簡単に書いても長いw)

明治時代 当時のオスマン帝国(トルコ)の海軍が 日本へ木造フリゲート艦エルトゥールル号を派遣した時のこと
イスタンブールを出発してから11ケ月もの長い月日をかけて やっと日本へ到着したエルトゥールル号は
既に船も人もボロボロだった
その時日本はちょうど台風の時期だったので 日本側は台風の時期が過ぎるまで留まるよう勧めたのに
オスマン帝国海軍は出航を強行し その結果 紀伊大島(串本)で座礁して爆発し沈没してしまう
命からがら海から崖を這い上がってきた乗組員69名を大島村(串本)の人々は総出で救出し献身的に世話をしたという
当時の大島村の人々はとても貧しく ちょうどそのとき台風が来ていたので
村では漁に出られず満足な食料はなかったのに
自分達の非常食として飼っていた鶏までトルコの乗組員達へ食べさせたりして助けたらしい
やがてこの遭難事件は明治天皇に伝わり国をあげて遭難者支援活動がおこなわれ
日本海軍の「金剛」「比叡」2隻によって生存者達はオスマン帝国の首都イスタンブールへ送り届けられる
このことは当時の日本、トルコ両国の新聞などで大きく報道され
村人の献身的な活動、日本国政府の尽力が伝えられたことから
トルコの人々は日本と日本人に対して好印象を抱いたらしい
その翌々年 このニュースに衝撃を受けたひとりの日本人「山田寅次郎」さんが
集めた義捐金を持ってイスタンブールへ渡り熱烈な歓迎を受ける
当時の皇帝の要請でそのままイスタンブールに留まることとなり
現地で日本学校を開き日本語や日本のことについて教えたという
その生徒のうちの一人に後のトルコ共和国初代大統領ムスタファ・ケマルもいたという
トルコでは小学校の教科書にこの事件のことが載っていて教わったらしい(今はもう載ってないらしい)

そんなことからトルコの人々に親日的な感情が抱かれるということらしいのです

トルコの人々は自分が人になにかしてあげても見返りは求めない
でも自分が何かしてもらった時には必ず恩返しをしなくてはと思うのであるという

そんなトルコの人々が日本にしてくれたこと・・・・これに感動したっ!

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テーマ:トルコ - ジャンル:海外情報

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