おれんぢ日記

食いしん坊OLの(食べ歩き、旅行、映画、観劇、登山、健康)くだらない日常

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

イタリア旅行記 4日目 タオルミーナの歴史

カターニャからタクシーでタオルミーナへ戻ってきた夕方からタオルミーナ観光をするよ
小さな町なので 主な見どころやメインストリートの風景なんかを観るのに数時間もあれば良いのかなあと

さてココ タオルミーナですが 日本ではシチリアに興味のある人以外知っている人も少ないと思うけど
今では世界的に有名な絶景なリゾート地で
ドイツの文豪ゲーテも1780年代にココを訪れ その景勝を絶賛した文章を書いたらしい

でも町の歴史的背景を見ると 色々と複雑なようです
シチリアの南東にある町シラクーサが昔シチリアの重要拠点であったこと
シチリアの東の方にはギリシャがあること これはDOLを楽しんでいる皆は良く知っていることと思います

タオルミーナの町は山の上の方(中腹)にあることは前の日記で書いた
町の下のほうの海岸沿いにはジャルディーニナクソスという町があって昔はただナクソスと呼んだらしい
古代ギリシャ時代 シチリアの東側はほとんどギリシャの植民地とされていて
その中で一番古い紀元前734年ギリシャ植民地として建設されたのがこのナクソスとシラクーサらしい
シラクーサはアテネ・アレクサンドリアとほぼ同じくらいの勢力を持ち
ナクソスはシラクーサから勢力争いのため何度も攻撃を受け紀元前476年とうとう制服されるが
紀元前403年アテネがシラクーサへ遠征してきた時
アテネVSシラクーサの戦いでナクソスはアテネ側についたため
アテネが敗北すると 怒ったディオニシオスに徹底的に破壊されたらしい

その後街は再建されず
山の中腹へ新しく町を建設し紀元前358年にナクソスの住民のほとんどが移住したと言われている
それがタオルミーナなのだ

その後も争いは続き ローマに征服されたり ローマの内戦に巻き込まれたりして
内戦時タオルミーナの住人は流刑されローマ人が入植してきたとか
その後アラブ人も侵攻してきてタウロ山周辺に砦が作られたとか

のんびりしたリゾート地になるまでは色々大変だったんだね
それなのに今でも色んな遺跡が残されているのがスバラシイ

タオルミーナにあるギリシャ劇場から そんな町タオルミーナとジャルディーニ・ナクソスが一望できるよ
タオルミーナ町並み
右半分の山の中腹に広がってるのがタオルミーナ 
写真左の遠くに小さく見える海岸線沿いの町がジャルディーニ・ナクソス
真ん中の向こうにホントはエトナ火山が見えるはずだけど この日は天気悪くて曇ってて見えない;;

カメラをもっと左に向けると・・・・
ギリシア劇場から海を
海岸線とジャルディーニ・ナクソスの町が見えるね

ギリシア劇場から観る眺め 凄いでしょ 青く美しい海も活火山も歴史有る町も海岸線も
こんなに色々見渡せるところって そんなにないよね
この日は天気悪くて残念・・・


関連記事

テーマ:イタリア - ジャンル:海外情報

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://amanatsuorange.blog58.fc2.com/tb.php/305-be4a8d9f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。