おれんぢ日記

食いしん坊OLの(食べ歩き、旅行、映画、観劇、登山、健康)くだらない日常

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カティンの森

これは 第二次世界大戦中である 1940年春のソ連領ポーランドで起きた本当の事件を基にした映画だ

本当は公開初日の12月5日に観にいってすぐ紹介したかったのだけど 忙しくてこんな遅くなってしまった
これは日本では東京の神保町にある岩波ホールでしか公開していない
公開初日は朝から物凄い混雑で全回チケット売り切れの満席で
階段に物凄い行列ができた うちはたまたま早くに着いていたので前の方に並べたけど
いつも岩波ホールに映画を観に来る常連さんが「こんな混雑みたことない!」と言っていた
どうやら一部マニヤにはすごい人気らしい

この映画は 事実を元に こうであったろうと作られている話なので ネタバレしたら面白くないとか
そういうものではなくて
逆に なんの前知識もなく観にいくと 難しくて理解できないと思うし楽しめないと思うので
ポーランドの歴史について ある程度の知識を持ってから行った方がより理解できる

だからうちはネタバレで書くよ?

この映画の作りのすごいシーンは後半にやってくる それも最後の最後に
事実はわかっているけれど
だけどそれを実際に鮮明に作られた映像でまざまざと見せ付けられると 圧倒されてしまう びっくりした
この最後の処刑シーンはものすごく生々しく鮮明でかつ冷酷でものすごく重い! ズーン!と来る
そのままエンドロールに続くんだけど なんの映像もなんの音楽も流れず
真っ暗くシーンとした中にただエンドロールが静かに流れていくので

これは辛い あまりにリアルすぎて涙も出ない
よくある映画の最後にすごいシーンや感動するシーンや悲しいシーンがきたあと
それにあわせたような音楽が大音量であるいは静かに流れると さらにその感動が押し寄せて
どうだ!これでどうだ!て風に自分の感情を映画の作り手にコントロールされてる感があるけど

この映画のこの最後は本当にひどい
衝撃のシーンを見せられたあとに 真っ暗でシーンとしている時間が長くあると
自分だけがこんな事実を知ってしまった!かのように誰にも話せずどうにもできずただ黙って辛く重い気持ちになる
これが監督の作戦なんだと思うが
この映画に出てきたポーランド人達は
こんな風にひどい事実を自分の心に抱えながらそれを誰にも言えずじっと静かに暗く重い長い年月を過ごしていたん
だよ!わかった?ねえわかった?と言われているように思える

この映画の題材 カティンの森事件 について ちゃんと説明しようとすると物凄く長くなるので
少し短く説明すると とはいっても うちが説明すると長いのだが^^;

1939年9月ポーランドはドイツとソ連の両方から侵略され敗北する
そのとき西はドイツに東はソ連に占領されたポーランドの東側すなわちソ連領であったところに
そのカティンの森と呼ばれることになる場所があった
敗北したポーランドの軍人や医師 教師などの民間人がたくさんソ連の捕虜になり強制収容所に入れられたのだが

1941年春ナチスドイツとソ連の戦争が勃発しポーランド全域がドイツの占領下に入り
ポーランド人の捕虜たちが釈放されたが 釈放された捕虜の数があまりに少ないため
ポーランドの亡命政府が捕虜の釈放を要求 不明者を問い合わせたがソ連は満足な回答をしないまま月日が過ぎる

そして1943年春ドイツ軍によって その地域に長さ28メートル横16メートルの12層からなる大きな穴に
3000人のポーランド人将校の死体が横たわっているのが発見される
全員がポーランド正規軍装を着用し 後ろ手に縛られ 首の後ろに銃で撃たれた跡があった
その後の調査で次々に同じような穴がみつかり 処刑者数は全部で1万5千人くらいだと言われている

当時ドイツの宣伝相はこの事件を利用し連合国の足並みを乱そうと
ソ連がポーランド人捕虜を大量に虐殺したと大々的に世界へ宣伝した

しかしソ連は「これはドイツの仕業だ!自分たちの罪を隠すために自分たちのせいにしている!」と反論
1987年東西冷戦の時代が終わるまで ロシアはずっとこの事件をドイツのせいにしてきた

しかし1939年秋からドイツがそこへやってくる1941年春まで
劣悪な環境の強制収容所で そのポーランド人たちが働かされ生きていたのなら
服も靴もボロボロであったはずだが 死体の靴は傷みもなく靴底も磨り減っていなかったので
収容されてから それほどたたずに処刑された=ソ連の仕業 など
他にも色々理由はあるようだが ソ連が行ったことだというのは今では明らかにされている事件だし
ロシアもそれを認めている

これが カティンの森事件である

映画の冒頭は この1939年9月ポーランドが 西はドイツ 東はソ連 両方から攻め入られるシーンから始まる
ポーランド人の捕えられた将校の家族の視点からみた話になっている

この時の捕虜の中で処刑の対象となったのは そのほとんどが
将校 医師 弁護士 教師 技師などの知識人達であったというが
東にあるソ連にとってはポーランドがちょうど西側諸国との間に位置する重要な場所であり壁であったので
その壁は味方につける必要があった
だから医師や弁護士教師などの知識人たちを潰し 反逆の芽を摘み取っておかなければならなかったし
処刑された将校達は 第二次世界大戦より前のポーランドvsソ連戦争の時に参戦していた将校たちであったという

1920年~1921年のポーランドvsソ連戦争でソ連は敗れ かなりの領土をポーランドに割譲させられたので
さぞかしスターリンはポーランド軍人を憎く思っていたことでしょう
処刑されずに生き残り赤軍に編入させられたのは この戦争に参加しておらず親ソ的な態度を見せた者たちだったとか

ポーランドは17世紀~18世紀の頃からポーランド=カトリックと言われるほどカトリック信者が多かった
しかしソ連はロシア正教
ポーランドをロシア化させるには宗教は脅威 国民の教育に深く関わっているからだ
だからカトリック協会を弾圧する
ドイツも同じ ドイツはプロテスタント だからポーランドのカトリック教を弾圧する

第二次世界大戦より前の18世紀の時代
ポーランドは その周りの国々 プロイセンやロシア オーストリアなどによって3度も4度も
国を分割され潰されてきた その度に何度も蜂起する
その度にポーランド国内に住んでいた 同じポーランド人達がみなバラバラに国外に出ていった
そして同じポーランド人同士 別の国の人間として争いあうことになってしまうのだ

18世紀から 自分たちの国が自分たちの国でなくなってしまったポーランド
いつでもどこかの国のものになっていたポーランド

映画の中に出てくる姉妹の姉が言うセリフ「ポーランドに自由は在りえない 覚えておいて」

これらに関することが映画の中の色んなシーンと関係している
特に収容所の中では宗教的なシーンが多い 最後の方に宗教的な言葉を言うシーンがあるんだけど
わたしはポーランド語もロシア語もわからないしキリスト教にも詳しくないからわからないけど
多分カトリック的な言葉が語られていたのじゃないかと思う

また この事件だけでなく そのあとのワルシャワ蜂起 とその後と繋がっている

この映画は ソ連はこんなに悪い!とかドイツが!とかいう映画なのではない
これはソ連が起こした事件だけれども あの戦争のさなか ドイツや他の国が起こしたって不思議でもないし
誰かの命令で あんなに淡々と 何万人もの人々の処刑を まるで機械のごとく行える
戦争という狂気が どれだけ人を狂わせてしまうか

戦争によって 戦争に参加したもの だけでなく その周りの普通の市民である家族たちが
こんなに辛くて苦しくて暗くて長い日々をびくびくしながら息をひそめて
何かに耐えながら生きていかなければならない あるいは死ななければならない
どんなに悲しいことなのかということ

を表しているのかなあと うちは思った

とにかく 最後のシーンはすごいです ひどいです

良い映画ではあるので 歴史映画が好きなひとは 2月上旬まで 岩波ホールでやっているので観てくると良いです
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

コメント

 ソ連はシベリアでも、樺太でもカチンの森でも残虐さは天下一品だからね(--)
 全体主義の国は怖いよ('A`)
 ポーランドが国を失った大きな原因は、地政学上の問題と国体上の問題と二つあって、平原のど真ん中に国が位置し、国を守る山や湖がなく、防衛上不利だし、ロシアとドイツの2大国に挟まれて翻弄されてきた歴史があるし。ポーランドもかつて中世には大帝国を造った国なんだけどね。
 あと、ポーランドの議会は昔全会一致でないと、議案が可決されなくて、緊急時にもなかなか意思統一が取れなかったそう。
 カチンのような悲劇を繰り返さないためにも、日ごろの政治に目を向けないとね・・・と思った今日この頃なのでした。

  • 2009/12/27(日) 08:02:50 |
  • URL |
  • ken #-
  • [ 編集]

神保町か

  • 2009/12/27(日) 08:55:35 |
  • URL |
  • パティシエ #SFo5/nok
  • [ 編集]

パティちゃん

そそ間違えた><
直しておきました スンマソン

  • 2009/12/27(日) 13:34:10 |
  • URL |
  • おれんぢ #G9bPQv7I
  • [ 編集]

今も世界のどこぞで起きてる紛争なんか殆どが宗教対立だからね。
人殺しまくってる奴らが神崇めてるんってんだからその神様ってのは闘いの神か死神なんだろって思っちゃう。
POSOってインドネシア中部にある街で起きた紛争知ってる?
輸出用作物の栽培耕作と通貨暴落で成功したイスラム教徒と、
貧困な土着の住民だったキリスト教徒間で、経済格差、宗教、新旧住民間での対立があった所に
オートバイの故障と工具の貸し借りによる喧嘩から衝突に発展。
外部勢力が扇動して大きな騒動に至ったというのがあった。

何故人々は戦争をするのか、話し合いではだめなのか
なぜ希望をもった子供さえも死ななければならないのか理解できん。

それにひきかえ日本は宗教に関して非常にルーズで色々な宗派があるけれど
八百万の神が住まう土地なだけに、宗教の違いなど些末な問題なんだろなって思うw

  • 2009/12/27(日) 22:49:11 |
  • URL |
  • アル #-
  • [ 編集]

アルさん

宗教の問題は難しくてきちんとそれについて語ることはできないけれど
大きくとらえると 宗教=人の考え方の方法のひとつ=心の問題
であって 結局は考え方の違う人々がお互いに理解し合えないこと
に色んな複合的な歴史的要素が加わってさらにそれを利用しようとする政治的要素が加わったりで
その心の模様を複雑にし近くに住む考えの違うもの同士が頑なに拒絶しあうことになってしまうから争いはなくならないんだろうなあと思ったりなんだりするよ

  • 2010/01/03(日) 11:13:22 |
  • URL |
  • おれんぢ #G9bPQv7I
  • [ 編集]

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